陣ヶ岡歴史公園入口の大きな鳥居をくぐり、約200mの参道を歩くともう一つの鳥居がある。それをくぐって正面に鎮座しているのが蜂神社である。左右には、いかにも古い歴史を感じる狛犬が守っている。
蜂神社のご祭神は、日本武尊、足仲彦命(たらしなかつひこのみこと、第14代仲哀天皇)誉田別命(ほむたわけのみこと、第15代応神天皇、八幡神)の三神で、いずれも戦勝の神として祀られている。三神は直系の父子三代である。(※仲哀天皇と応神天皇は親子ではないとする説有り。) 蜂神社の「蜂」の淵源は、奈良県の春日大社にある「蜂の宮」に求めることができる。平貞盛が平将門討伐で戦った際、スズメ蜂が将門の眉間を刺して死に至らしめ、貞盛軍が勝利を得たことが縁起で春日大社を奉建したと伝えられる。陣ヶ岡の蜂神社はその末社なのである。
蜂神社には別な言い伝えもある。康平5(1062)年9月17日夕刻、前九年合戦で、源頼義・義家父子が、安倍頼時・貞任父子と厨川柵周辺で対峙した際、源氏軍が藪の中からたくさんの蜂の巣を見つけた。その蜂の巣を大きな袋に詰め込み、安倍軍の陣営に投げ込んだという。蜂は雲霞のごとく陣営を覆い、貞任軍を襲って翻弄させ、そこを見計らって頼義軍が攻めかかり、厨川柵はたちまち陥落したという。
戦いを終えた頼義・義家父子は、軍を大勝利に導いた蜂を奉じ、陣ヶ岡の八幡宮に蜂の宮を勧請したという逸話である。果たして、どちらの伝承が蜂神社の起源なのか。或いは両方の逸話を重ね合わせた縁起なのだとしたら、蜂神社の名称の由縁は、より深い淵源を持っていることになる。
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